南川丈夫 講師 所属:大学院社会産業理工学研究部 理工学域 機械科学系 生産工学分野 専門:ラマン散乱分光、生体医工学、応用光学、分光計測 |
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本学社会産業理工学研究部講師 南川丈夫先生の研究課題が、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「さきがけ」平成29年度新規研究課題として採択されました。「さきがけ」は、国の科学技術政策や社会的・経済的ニーズを踏まえ、国が定めた戦略目標の達成に向けた目的志向型の基礎研究を推進するための事業で、南川先生の研究課題の採択は、その将来性や独創性が高く評価されたものです。
今回、南川先生の研究室を訪ね、現在までの研究内容や今後の展開について、お話を伺いました。
これまで進めてきた研究について教えて下さい。
私がこれまで取り組んできた研究は、光を使って物質の表面を測定する技術に関するものです。現在、私たちの身の回りに溢れている液晶ディスプレイやカメラレンズ、半導体デバイスの表面は薄い膜(薄膜)の積み重ね技術によって構成されています。薄膜の製造技術の発展とともに、これらを測定し評価する技術もより高精度なものが求められています。
薄膜を測定する技術の1つとして、分光エリプソメトリー法と呼ばれる測定法が知られています。この方法は、物質に光(偏光)を当てて反射した光を測定することで、反射前後の光(入射光と反射光)の特徴の変化から、物質やその表面に関する情報を得る方法です。対象物に直接触れることなく測定できることから、非常に応用範囲の広い測定方法として利用されています。
しかし、この測定方法にも弱点はあります。この測定方法の技術の限界は、測定に用いる光の多様さと厳密さに依存します。すなわち、正確にコントロールされた様々な特徴を持つ光を安定的に作り出すことが、より精密な測定のための必須条件となります。しかし、これまでの方法では、光を作る際、機械的な振動や温度変化などの外的要因により、高い精度を持つ光を安定的に得られないことが大きな課題となっていました。
▲ たくさんの測定機器が並ぶ実験室
そこで、注目したのが光コムと呼ばれる、広い波長領域を持つレーザー光源です。光コムは、厳密に制御された波長幅の狭い光が等間隔に並んだ、広帯域のスペクトル群で構成される光源で、そのスペクトルのパターンからコム(comb; 櫛)と呼ばれています。私は、この光コム光源を二つ用いて、時空間的に重ね合わせることで、機械的な動作を伴うことのない、高い波長分解能を持つ、新しいエリプソメトリーの開発を試みました。 結果として、二つの光コムを組み合わせた新しい光源は非常に安定性も高く、従来の手法では0.1-0.01ナノメートル程度であった波長分解能が、1.2×10-5ナノメートルにまで向上し、より精密な測定が実現できることが示されました。また、この方法で材料表面の薄膜厚や歪み、表面組成、屈折率などを実際に高精度測定できることも明らかにしました。これらの成果は、Nature Communicationsに掲載され(*)、高い評価を受けています。
今後、進めたい研究について教えて下さい。
これからも、光を利用した計測のための基盤研究を進めていきたいと考えています。今、注目しているのはラマン散乱分光法と呼ばれる技術を基にした測定技術の開発です。
ラマン散乱分光法とは、ラマン散乱光を用いて物質の評価を行う方法です。光を物質に当てると、光が物質と相互作用することで入射光とは異なる波長を持つ光が出てきます。この光をラマン散乱光と呼びますが、この波長変化が物質固有のパターンを示すため、ラマン散乱光を調べることによって、物質の分子構造や結晶構造を知ることができます。ラマン散乱分光法の歴史は古く、その発見は1928年にまで遡りますが、近年の光源の改良や検出技術の発達によって、再び多くの研究者の注目を集めています。
ラマン散乱分光法の特徴の一つとして、染色等を必要とせず、生きたままの試料を解析できる点が挙げられます。そのため、研究の方向として医療分野への応用を考えています。例えば、下図に示したように、一見同じように見える有髄神経と無髄神経は、ラマン散乱光のパターンが明らかに異なり、明確に見分けることができます。そこで、もしこの測定が手術中にリアルタイムで行えるようになれば、医師の経験や勘に頼ることなく、適切な処置が行えるようになると考えています。また、ラマン散乱分光によって得られるデータは膨大である一方で、実際の診断に使われるデータは実際のところほんの一部です。現在の知識では多くのデータを捨てていることになりますが、これから研究の発展により疾病の早期発見につながる可能性などにも期待して研究を進めています。
生きた試料からのラマン散乱光はきわめて微弱ですので、現在の技術では解像度や測定速度に制限があります。そのため、医療現場でリアルタイムに使用可能な装置の開発には多くの課題をクリアする必要があります。光源そのものの開発や、素材開発によるラマン散乱の増幅、そして検出器の感度改善など、多方面のアプローチからこの課題を解決していくつもりです。
▲ 現在開発中の測定装置(一部)
ラマン散乱分光は非常に応用範囲の広い手法であると考えています。例えば、日本を代表する伝統美術である錦絵の研究に関しての共同研究も進めています。文化財の測定は、対象となる試料へのダメージを最小限に抑えることが必須ですが、そういった観点からもラマン散乱分光法は、これまで科学的な分析が難しかった貴重な文化財への適応が可能です。これまでに、浮世絵に使用された色材の由来を特定するなど、新たな知見を得ることに成功しています。
今回、ラマン散乱分光を軸にした研究計画で、科学技術振興機構(JST)の「さきがけ」に採択されました。非常に大型の予算ということもあり責任を感じていますが、これまでと同様、光の活用と新しい計測分野の開発を目標に取り組んでいきたいと考えています。
* Minamikawa T., Hsieh Y.D., Shibuya K., Hase E., Kaneoka Y., Okubo S., Inaba H., Mizutani Y., Yamamoto H., Iwata T. and Yasui T., Dual-comb spectroscopic ellipsometry. Nature Communications, 8(1), 610 (2017). PMID: 28931818
** Minamikawa T., Harada Y., Koizumi N., Okihara K., Kamoi K., Yanagisawa A. and Takamatsu T., Label-free detection of peripheral nerve tissues against adjacent tissues by spontaneous Raman microspectroscopy. Histochemistry and Cell Biology, 139(1), 181-193 (2013). PMID: 22892663
● プロフィール 2010年 9月 大阪大学 大学院基礎工学研究科修了 博士 (工学) 研究テーマ: ラマン散乱分光法および顕微観察応用、ラマン散乱分光法の医療応用 |
取材・文責:垣田・角村、写真:西岡